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「糸島柔道」発展に尽力 柔道家・持田辰次さん逝く 79歳

2019.07.4

講道学舎師範の柔道着姿で自宅前に立つ、40代の持田辰次さん   

 バルセロナ五輪・金の古賀稔彦さんをはじめ世界トップ、日本屈指の柔道選手たちをあまた輩出した柔道の私塾、講道学舎が、東京・世田谷区にあった。そこで初代師範を務めた糸島市志摩久家の柔道家・持田辰次さんが6月21日、亡くなった。79歳だった。20年続いた「志摩少年柔道大会」に一流選手を呼んだ。「日本の柔道界を支え、糸島柔道の発展にも尽力された」とねぎらう声が少なくない。

 ■講道学舎・初代師範

 持田さんは、志摩中―糸島高―福岡大と柔道に明け暮れた。同中時代に2学年下の後輩として持田さんに鍛えられた糸島市柔道協会の元会長、林辰次さん(77)は「決して大きくない体格だったが、内股や払い腰など技の切れはすごかった」と懐かしむ。

 東京の塗料会社ダイニッカの柔道部に入った持田さんは、1972年の全日本実業柔道個人選手権大会で3位。

 糸島高教諭の古賀元博さん(54)=稔彦さんの兄=は、全寮制の講道学舎に中1から入り、持田さんの指導を6年間受けた。毎朝5時起床でランニング、下校後の稽古は夜8時まで。打ち込み(技に入る前の基本動作)を1時間もするのは、1回目と千回目で手や足を出すのが同じ位置になるようにするため、と習った。基本は叩き込まれた。世田谷学園2年の時、金鷲旗柔道大会で悲願の初優勝を飾った。

 講道学舎の指導は「いわゆるスパルタ。稽古に一切の妥協はなかった」と振り返る古賀さんだが、「『これだけの稽古をしてきたから負けることはない』など、何事も前向きに捉える考え方が身に付いた」と話す。

  ■世界クラスが指導

「第17回志摩少年柔道大会」で中学生を前に実技指導をするソウル五輪・銅メダルの北田典子さん=2008年

 1992年に始まった「志摩少年柔道大会」は、志摩中の柔道部強化を狙い、当初は糸島ローカルの大会だった。持田さんが大会実行委の副会長に就任。家族や血縁で一流選手に育った現役の3人を請い、中学生の前で実技指導をするのが定着。

 世田谷学園のコーチや監督を務め、金鷲旗優勝をはじめ輝かしい戦績を残す長男治也さん。ソウル五輪で銅メダルを手にした長女典子さん(現姓・北田)=全日本柔道連盟常務理事。おいで、今は警視庁柔道指導室師範の持田達人(たつと)さん。

 年によっては、アテネ五輪銀の泉浩選手や世界選手権優勝の棟田康幸選手が、旧志摩町健康管理センターに顔をそろえたことも。
志摩少年柔道は、九州・山口各地の強豪校、実力選手がこぞって参戦するハイレベルの大会に成長。「同世代の強い選手を志摩で間近に見ることができる点でも、素晴らしい大会だった」。そう話す糸島の柔道関係者は、糸島出身で全日本柔道連盟の強化選手に名を連ねる浦明澄(あすみ)さん=日体大1年=など複数の名前を挙げ、「持田さんが糸島柔道に尽くしたことが、今につながっているのかもしれない」と語った。

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