糸島新聞
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続・糸島伝説【2】

2021.10.8

 火除けの神「秋葉様」(上)野北浜集落

 糸島市志摩野北の浜の集落の東海岸に「秋葉様」という祠がある。地元の人たちは親しみを込めて「あきや様」とも呼ぶそうだ。この秋葉様が祀られるようになったのは天明二年(1782)、今から二百四十年ほど前のことである。

 当時の野北の浜辺には、漁業を生業としている三十戸ほどの家が軒を連ね、博多通いの正吉丸、五島や平戸通いの白山丸など、大きな帆船の乗組のほか、網や釣りなどの漁師たちが住んでいた。

 天明二年の夏の終わりごろ、見渡す稲田は黄金色に輝く稲穂が実り、近くの農民たちは「今年も豊作だ」と、喜びに沸き立っていた。それから数日後の昼過ぎから、黒い雲が空を覆い、西北の風が強くなった。稲田は荒海のように波打ち、農家も漁家ともに不安なまま夜を迎えた。浜では小舟を磯高く引き揚げ、家の戸は固く閉じて、松の梢を吹きすさぶ風音や、猛獣が吠えるような波音が耳をつんざき、寝床に就いたものの、眠ることもできず、夜が更けていった。

 その時、「火事だぁ!」と叫ぶ、悲鳴が聞こえてきた。村人は急いで家から飛び出すと、すでに浜の集落一帯は猛火に包まれ、紅蓮の炎は西からの強風にあおられ、火勢は増すばかりであった。

 急を知って駆けつけてきた火消し組の面々もなす術もなく、ただ右往左往するばかりで、三十戸余りの漁師たちの家はたちまち全焼し、さらに風下の農家集落へと燃え広がり、渦巻く火炎は天を焦がした。

 真っ赤に染め上げられた村のあちこちで泣き叫ぶ女性や子どもたちの声、打ち続けられる早鐘の響きなど、あたかも一幅の地獄絵巻を見ているようであった。
 こうして野北の浜から岡(本村)一帯の数十戸の家をひとなめにした猛火だったが、すべてを焼き尽くした後、次第に火勢も風も弱まり出した。夜が明けると惨憺たる焼け跡には、牛馬の死体もあった。(つづく)

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