糸島新聞
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続・糸島伝説集17

2022.02.25

西浦の「矢の根水」(下) 西区西浦

半兵衛は息子とはいえ半次郎の寝顔が恐ろしく見え、身を震わせながら揺り起こすと、半次郎は寝ボケ眼をこすりながら「あぁ本当においしかった」と言った。

半兵衛は何のことら分からず、半次郎に尋ねると「矢の根水を飲みに行ってきた」と答えた。半兵衛は恐ろしくなり、これ以上尋ねるのをやめ、不思議な出来事のことは胸にしまっておくことにした。

このことがあってから数年後、半次郎も青年になり、お勝という気立ての優しい妻女を娶(めと)り、老父半兵衛をいたわりつつ、夫婦睦まじく暮らしていたが、半次郎は重い病にかかり、寝込んでしまった。ある年の冬の夜のこと、あと命は百日ばかりとみられ、半次郎の枕辺には親族が訪れていた。

残り少ない行燈の灯心がジリジリと油を吸って、時折パチパチと音を立てて爆(は)ぜていたが、いつの間にか僅かな風でフッと消えた。

妻のお勝が立ち上がって仏壇の引き出しからマッチを取り出そうとすると、今まで眠っていた半次郎が呻(うめ)きだし、口からひと塊(かたまり)の蛍火のような火が出て、納戸の隙間からどこへとなく飛んで行ったかと思うと、しばらくして今度は雨戸の隙間から入ってきて半次郎の口の中へ入っていった。

恐ろしさと不思議さに、集まっていた一座の人たちは、おずおずと半次郎の顔を見守っていると、半次郎は突然頭を持ち上げ、集まった人たちにまるでお礼を言うかのようにかすかに笑みを見せると、眠るように息を引き取った。

老父半兵衛は、今更ながら遠い二十数年前のイカ漁の時の不思議な出来事を思い出し、「半次郎は本当に矢の根水が好きで、死ぬ前にもう一度矢の根水が飲みたくて、今生の別れ直前に魂だけが抜け出していったのだろう」と、霊前には矢の根水を供えることにした。

矢の根水を仏前に備える習慣は半兵衛方だけでなく、浦の多くの家では盆や仏事の際には備えていたという。

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