糸島新聞
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続・糸島伝説集22

2022.04.15

河童の話(上) 神在の「長者原」と荻浦の「河童淵」

 河童(かっぱ)…子どもぐらいの体格をしており、背には甲羅があり、顔は虎に似ていてくちばしがある。また、全身は鱗に覆われていて、頭に皿があり、川辺に近づく牛馬や子どもを水中に引きずり込む―などと、恐れられていた。

 一方で、キュウリが大好物だとか、子どもと相撲をとって遊ぶなど、可愛げで親しみ深い面もあり、全国各地にさまざまな伝説があり、糸島にも多い。今回はその中から二つの伝説を紹介しよう。

神在の長者原

 昔、加布里の浦に本拠を構え、関西方面にまで取引先を広げ、大きく商いをしている船問屋があった。ある時、この船問屋が大阪に出向いた時、以前から取引先で顔なじみになっていた若夫婦が「一生のうちに筑前見物がしてみたい」と懇願してきた。

 船頭は二人の頼みを快く引き受け、加布里浦へ帰る船に乗せた。船は天候にも恵まれ、順調に航海し無事加布里へ戻って来た。

 加布里に着いた若夫婦は長年の願いが叶い、大喜びで近くに宿を取り、芥屋大門や雷山千如寺をはじめ、糸島各地の名所を訪ねたり、寺社など参詣したりして過ごしていたが、持ってきていた路用(ろよう=旅費)も残り少なくなってきたので大阪に帰ることにした。

 しかし、運悪く季節は間もなく冬を迎える時期になっていて、玄界灘は時化(しけ)続きで当分船は出せそうになかった。そのため、若夫婦は、田中のお諏訪様の近くに仮の庵を建て、大阪へ帰る時期を待つことにしたが、路用も底をつき始めたので徒食もできず、ささやかながら行商をすることにした。
 
 最初は戸惑ったものの、地域の人たちとも打ち解け次第に行商はうまくいくようになった。雨露をしのぐだけの仮住まいながら、若夫婦にとっては大切な生活の場となっていた。

 そんなある日、若夫婦の庵に髪を振り乱した小さな子どものような姿をした河童がひょっこり遊びに来た。最初、二人は驚いたが「かわいいものだ」と、追い返しもせず、そのままに遊ばせていた。すると、河童も喜び、毎日訪れるようになった。

 すると不思議なことに、家の中が明るく笑い声も絶えなくなり、行商の儲(もう)けも日ごとに増えだし、瞬く間に大金を手にすることができた。そこで若夫婦は大きな家を新築し「大阪屋」という屋号を掲げて商いの手を広げた。

 「大阪屋」での商売も繁盛し、家や蔵を建て増して、界隈(かいわい)では屈指の長者と呼ばれるようになった。その間も、件(くだん)の河童は相変わらず遊びに来ていたが、畳の上でも構わず歩き回り、その跡はびしょ濡れになるので、妻は掃除に追われ、次第に河童を嫌うようになり、ある日とうとう河童が家に入れぬようにしてしまった。

 すると家運は釣瓶(つるべ)落としのように衰退し、立派な屋敷も蔵も人手に渡り、夫婦の行方さえ誰一人知る者もいなかった。神在の長者原(地元の人は、ちょうえんばると言う)は、河童の神通力で長者になった若夫婦の豪壮な屋敷跡だと伝わっている。

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