糸島新聞
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続・糸島伝説集25

2022.05.13

『鎌倉殿』の愛馬磨墨(するすみ)を生んだ能古島(上)

 博多湾に浮かぶ能古島は、古くから牧畜が盛んで平安時代の延喜式にもそのことが記されていて、時代の要請で牛牧であったり、馬牧であったりしたという。

 この話は源平時代の末の出来事と伝わる。早春の荒々しい玄界灘の波もようやく静かになり、能古島の牧場の萌え草も緑になってあちこちに菫(すみれ)や蓮華草の花が開き始めたころ、牧夫(ぼくふ)たちも窮屈な牧舎から出て、長閑(のどか)な春を楽しんでいた。

 ある春の宵、一人の牧夫が浜に出て岩に腰かけ、景色を眺めていると、波打ち際に怪しい黒い影が現れた。牧夫は驚いて逃げ出そうとするが、恐怖のあまり足がすくんで動けない。仕方なく黒い影を見ていると、やがて海から浜へと上がってきて、一つ身震いをすると牧場の方へと歩いて行く。その黒い影の姿はまるで馬のような怪獣であった。

 牧夫は、恐る恐る怪獣の後を追ってみることにした。恐怖で動けなくなっていたが勇気を奮い、海から上がって来た怪獣に気づかれないよう、月の光を頼りに牧場へと向かった。牧場に着いて様子をうかがうと、怪獣は牧場の中をあちこち匂いを嗅ぎながら何か探しているようだ。

 しばらくすると、木陰で寝ている一頭の牝馬に近づき、襲い掛かった。驚いた牝馬は牧場の中を逃げ回っていたが、ついに追い詰められ怪獣の手にかかった。

 牧夫は「このままでは牝馬が危ない」と、近くの牧舎を回って寝ている仲間の牧夫たちを起こした。手に鍬(くわ)などを持って、急いで牧場へ皆で向かうと、怪獣はすでに元の海辺の方へ行くのが見えたので、牧夫たちも後を追ったが、怪獣の足の速さには及ばなかった。

 やがて怪獣は白砂を蹴り、磯を駆けて海辺の大岩に登ると、一瞬振り返ってこちらを見てから海へ飛び込んだ。浜まで来た牧夫たちは白い潮煙の立った辺りを見下ろすと、大きな波紋が広がっていくだけで怪獣の姿は皆目見えなかった。
 
 怪獣に逃げられて残念だったが、牝馬のことも気にかかるので牧場へ戻った。すると、牝馬は何事もなかったように立っているので牧夫たちは安堵した。この夜の出来事は牧夫たちには理解できず、何と不思議なことであったかと思った。

 怪獣に襲われてから日が経つに従って、牝馬の腹が膨らんでいく。これを知った牧夫たちは「この牝馬は生まれてこの方、交配させたことはない。何か悪い病気ではなかろうか」と心配した。しかし、月を重ねるうち、牝馬は間違いなく懐胎していると分かった。

 牝馬が臨月を迎え、産み落としたのは偉大な体格と優れた姿をした逞(たくま)しい駒(こま)で、誰の目にもひと目で将来の駿馬と分かるほどであった。

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