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H19年8月9日号
伊都国初 環濠集落を確認 今宿五郎江・大塚遺跡

 福岡市教育委員会による同市西区今宿の大塚遺跡第11次調査で、 弥生時代中期後半から後期末(約2100年~1800年前)の集落を区画する大溝が見つかった。 大溝は、 同遺跡に隣接する今宿五郎江遺跡で断続的に発見されている溝とつながり、 同市教委は1日、 「溝に囲まれた環濠集落が存在したことが明確になった」 と発表した。

 大塚遺跡第11次調査は、 伊都地区土地区画整理事業に伴う発掘調査で、 調査面積は約3000㎡。 大溝は、 調査区の北東で約30mにわたって検出、幅2・5m、 深さ1・2mで、 断面はV字または逆台形。

 同時期の土器が出土した大塚遺跡北側にある今宿五郎江遺跡第12次調査地点の大溝から続き、 南東の同遺跡第9次調査地点で発見された大溝に向かって延びていると考えられる。

 北側に不明確な点が残るが、 東西約200m、 南北約270m、 総面積約4・2haの大規模集落が、 だ円形の環濠で囲まれていたと推測できる。弥生時代後期には埋まり始め、 同時代終末には埋没して溝の機能を失った。

 今宿五郎江遺跡は、 3世紀中ごろの中国の史書 「魏志倭人伝」 に登場する弥生時代のクニ 「伊都国」 の東の玄関口で、 早良、 福岡平野に至る交通の要地に位置する対外交流の拠点集落であったと考えられる。

 伊都国では、 王都があったとされる三雲・井原遺跡の中の三雲八龍遺跡などでも弥生時代中期後半(約2000年前)以前に掘られた大溝を確認しているが、環濠集落の存在が明確になったのは、 今宿五郎江遺跡が初めて。

 今宿五郎江遺跡の調査では、 中国・新の貨幣 「貨泉」 や後漢鏡、 小銅鐸、 線刻文様のある木製の短甲や漆製品などが見つかっている。 今回の大塚遺跡の調査では、 環濠の東端から内行花文鏡の破片(長さ約五㌢)が出土。 破断面を研磨していることから、 権威の象徴として用いられた 「破鏡」 であった可能性が高い。

 朝鮮半島の楽浪郡一帯で製作された楽浪系土器も出土し、 大陸との交流を物語っている。 ほかに行事用に用いられたとみられる銅製鋤(すき)先(長さ6・7cm、 残存幅3・8cm)や銅鏃(残存長2・8cm、 最大幅0・75cm)、 被葬者の装飾具の一部と思われる銅鈴などが出土している。

 山陰、 瀬戸内、 近畿、 東海地方の土器なども見つかっていることから、 同市教委は、 大塚遺跡から今宿五郎江遺跡にまたがる弥生時代後期のこの環濠集落が、 国内外と広範に交易、 交流していたことを物語り、 倭の対外交渉の窓口としての役割を果たした伊都国を支えていた可能性が極めて強くなったとしている。

 4日は、 現地で遺跡説明会があり、 大勢の考古学ファンでにぎわった。10日から26日までは、 福岡市埋蔵文化センター(同市博多区井相田)で発掘遺跡速報展が行われ、主な出土遺物が展示公開される。 同センター092(571)2921。




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