まち角

「おもしろき こともなき世に(を)おもしろく」高杉晋作の上の句に、「すみなすものは 心なりけり」と継いだ野村望東尼。異説もあるが、高杉の辞世の句▼幕末、隠居所の平尾山荘(福岡市中央区平尾)に高杉らをかくまう。わずか10日の滞在で心が通じた。谷梅之進が変名の高杉を梅の花に見立て「冬ふかき雪のうちなる梅の花 埋もれながらも香やはかくるる」と詠む。真冬の雪に埋もれていても、梅の花の香りは、きっと感じることができるでしょう。あなたもそう。と▼高杉らとの交友をとがめられ、望東尼は1865(慶応元)年、姫島に流される。寒さが増す今ごろの季節。四畳ほどの板張りにゴザだけの獄舎はさぞや寒かったろう。すでに60歳。▼島民や沿岸の人々が、写経のための小灯火や餅、黒豆などを差し入れた。優しく接した糸島の人との交流も歌になる。「折々のあまがもてくる花の枝に 重なる春の日数こそ知れ」▼翌66年9月、高杉が手配した救出隊と共に姫島から逃れる。長州で高杉と再会し、看取る。自身は62歳で亡くなる。姫島は、岐志漁港から船で十数分。波止場の左手、歩いて10分の獄舎跡には御堂が建つ▼それから150年。志摩歴史資料館(志摩初)で「野村望東尼と姫島展」が開催されている。食器、直筆の短冊などの遺品が多数展示されている。自作の着物から測るその姿は驚くほど小柄だ。その小さな体には、新しい世への希望が満ち満ちていたのだろう。同展は12月3日まで。


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