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「私たち世代が、次代(つぎ)ば担わんと」 第3回 イトキュー社長中原理臣(まさおみ)さん(46)

2020.05.1

ラッピングトラックの前で「仲間同士、負けられんところもあるばってん、きつか時は支え合う」と話す中原社長

 

 ■移転が大きな節目

―中原社長は、「花の鮮度を落とさない運送会社」として園芸農家から絶大な支持を受ける運送会社「イトキュー」(糸島市多久)の2代目です。この10年で会社も大きく変わったとじゃなかですか。

「2011年4月に前原IC南産業団地に本社を(同市板持から)移転し、その8月に父の跡を継いで社長に就任したのは一つの大きな節目でした。16年にバス事業を立ち上げ、17年にはアイランドシティの新青果市場横に、低温物流施設を稼働させた。そういった意味では大きく変わりましたが、売り上げは全体で約20億円と、そんなに変わっとりまっせん」

■「人を大事に」胸に

―私が企画部長だった16年の熊本地震のとき、市民からのあふれる救援物資に頭を抱え、浮かんだのが中原社長の顔。当時の谷口俊弘副市長とお願いに行ったら、「よかですよ」と無償で快諾。自分で大型トラックを運転し被災地に物資を届けてくれた。その時のセリフも格好よかった。「こんか時こそ運送屋の役目があるとです」と。こげんよか男もおるっちゃねと感心したばい。会社経営で大切にしていることは。

「経営者として一番の社会貢献は、社員の生活ば守ること。このコロナ禍にしろ自然災害にしろ、どげんことがあっても社員に給料を払い、飯ば食うていかれるようにせなぁいかん。農産物に特化してやってきたが、取り扱いが減ってきている。新しいものにもチャレンジしないと。おやじ(父・俊喜会長)に教わったのは、『人を大事にしろ』。いくらトラックを100台、200台持っとったっちゃ、動かすとは人やけん。わが1人バタバタしたっちゃ1台しか動かしきらん。社員は家族と一緒。絶対に大事にせれ、引いてはお客さまも、と。家族や社員、お客様を大事にすりゃあ、やっぱぁ支えてくれる」

■住まんと分からん

―昨年、白糸の滝や二見ケ浦、新鮮な野菜などをデザインしたラッピングトラックの市からの申し出を、快諾してくれたのはどんな思いからか。

「おやじが会社を立ち上げて、45周年というタイミングもあった。うちのことだけやのうして、市に世話になった分、何か恩返しがしたかった。ドライバーが高速のパーキングに止めて、トイレから帰ってきたら、カメラを向けとる人がおったり、『糸島に行ったことあります』と声を掛けられたり。『身の引き締まる』と」

―合併してからのこの10年の糸島ば、どげん見とりますか。

「田舎イコール糸島だったのが、ブランド化が進むことで、注目されるようになった。今は東京でも関西でも、『よかろうが、俺は糸島ぜ』と胸を張って言える。よく『糸島のなんがよかと?』って聞かれるばってん、糸島のよさは形やなかけん、住んでみな分からん。景色がいいとかじゃない、もっと深いハートの部分だと。人と人のつながりが一番やなかですか。仲間内では『糸島も金掛けりゃ天神にはなるばってん、天神にいくら金掛けたっちゃ、糸島のごとはならんめぇが』と言うとります(笑)」

■人の思いも運びたい

―これからの10年は。

「糸島の農水産業は、人間で言えば『これがなかったら死ぬ』くらいの動脈。それを物流として支えたい。その上で、子どもからお年寄りまで、糸島の人たちの移動手段も確保したい。物と人の思いを運ぶのが、次の私の挑戦。私たち世代が次代の糸島を担う責任と覚悟もあります」

―最後に、新型コロナウイルスで厳しい状況の中、エールを。

「戦後や東日本大震災から復興したように、今度も絶対に乗り越えられる。今はしんぶ(辛抱)して、一人一人が今できることを考え行動したら、きっと新しい時代の幕開けが待っていると思うとります」

【糸島のお気に入り】糸島で生まれ育ったけん、全部が当たり前。ばってんやっぱ、一番は「人」。人の温かさ、人とのつながりは絶対、他には負けとらん。

※今回は糸島弁を極力残しました

聞き手・前糸島市企画部長の馬場貢さん

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