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深江中学校の移転計画 昭和35年8月
二丈村では、老朽化が進んだ深江中学校の校舎の建て替えか移転新築の話が持ち上がっていたが、この年8月に一貴山校区から「通学に便利な場所へ移転を」と陳情が出された。
深江中学校は深江海岸近くにあり、校舎の一部は旧小富士航空隊基地の建物を再利用して移築されたもので、老朽化が著しいうえ、校区内の人口増に伴い、来年からは3学級増えることになっている。
このため、二丈村議会では、現在地で建て替えか移転かでもめ、長い間結論が出なかったが、昭和37年6月に調査委員会が設置され、同年10月に雑餉隈-深江線(現在の大野城-二丈線)沿いに移転することが決定した。(移転場所は、現在の二丈中学校校舎西側のグラウンド付近)
昭和38年11月19日に起工式が行われ、翌年3月に鉄筋コンクリート2階建て(一部3階建て)の校舎が完成、同年4月開校と併せて、校名も「二丈中学校」と改称されることになった。写真は、前原警察署の松本伸一氏が昭和38年に撮影。中央が深江小学校、左上が深江中学校。