「飛んでくるのを楽しみにしながら、朝夕、庭に出ていました。記録をつけていると99匹にもなりました」。1年前の新年号で紹介した糸島市二丈鹿家の愛蝶(あいちょう)俱楽部(くらぶ)「オーレリアン樹庵」。オーナーの長岡秀世さん(74)は昨秋、「旅するチョウ」と呼ばれるアサギマダラが自宅の庭に飛来し花々に群れるさまを見るたびに目を細めた▼2021年11月に急逝した妻の順子(よりこ)さんが生前、庭で出合うのを心待ちにしていたアサギマダラを呼び寄せようと、長岡さんは十坊山麓の里山で、チョウをはじめとした虫たちの楽園づくりをしている。一昨年の飛来は2匹だけだったが、アサギマダラが好むフジバカマを株分けなどで増やし50鉢を栽培したところ、昨秋は1日で9匹がやって来ることもあった▼最後の1匹は10月下旬から11月上旬にかけ、2週間以上も庭にとどまった。姿を見せるのは決まって午前9時半。長岡さんが亡き順子さんの分と2杯のコーヒーをいれたとき、それを待っていたかのように、どこからともなく庭に現れた。別れを惜しんでいるかのようなチョウ。長岡さんは、順子さんが天から舞い降りてきたように思えてならなかった▼「妻は周りの自然に溶け込んだ庭づくりを大切にしていました。だから、アサギマダラが夜中、庭で羽を休められる場所があったのでしょう」。順子さんは庭の草刈りをするとき、決して一気に刈り取ったりはせず、半分ずつに分けて行った。長岡さんも、そのやり方を続ける▼「すべて刈ってしまうと、虫がすむところがなくなってしまいます。人間本位でやってはだめです。虫のことを考えてあげないと」。小さな命を慈しむ優しさに満ちた庭。長岡さんは順子さんの遺志を継ぎ、里山の自然と一体になった庭づくりを続けている。
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