【糸島市】《糸島新聞連載コラム まち角》王イズム脈々と

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 「20対0」。車で帰宅中、ラジオのスイッチを入れた途端、いきなり飛び込んできたナイター中継のアナウンサーの声。5月21日、みずほペイペイドームであったソフトバンク対楽天戦。何が起きたのかと思って聞くと、ソフトバンクが圧倒的な展開で、5回までに大量得点を挙げていた▼強豪とはいえ、20点以上の得点は8年ぶり。大量得点した強打者たちの絶好調ぶりに「ダイハード打線」と愛称がつけられた前身のダイエー時代を思い出した。井口資仁、松中信彦、城島健司、バルデス。2003年のシーズン、なんとこの4人がそろって100打点を超える驚異的な破壊力。チーム打率は2割9分7厘に上った。この年、3年ぶりにリーグ優勝を果たし、日本一を奪回した▼今では「常勝軍団」というイメージがあるが、1989年に福岡にやって来たころのホークスは上位に食い込めなかった。97年には南海時代を含め20年連続Bクラスと低迷した。この時代、一部のファンが一線を踏み越えた抗議をする事態が起きた▼王貞治監督就任2年目の96年、日生球場(大阪市)で起きた「生卵事件」。最下位だったホークスの選手たちが負け試合の後、移動用バスで球場を去ろうとしたところ、怒りを爆発させた観衆が取り囲み、いくつもの生卵をバスにぶつけたのである。どん底での屈辱。これがバネとなったのであろう。ホークスは着実に頂点へと成績を上げていく。2年後には3位とAクラス入り、そして3年後にダイエーになってからリーグ初優勝、そして日本一に輝いた▼王監督があの頃、鍛え上げた主力選手として小久保裕紀現監督がいる。負ける悔しさ、勝つ喜びをともに知り尽くしている。今シーズン、好調だったホークスだが、打線の中軸、柳田悠岐選手が右脚を痛めて長期離脱した。いくつもの困難を乗り越えてきた小久保監督だからこそ、苦境の中での発奮を期待したい。

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