【糸島市】中村さんの意志を継ぎ脈々と

ペシャワール会の活動報告会  前原東の人権センター

 糸島市前原東の人権センターで14日、アフガニスタンで長年活動を続けるペシャワール会の現地活動報告会(平和都市推進糸島市民会議主催)が行われた。同会のPMS(現地事業団)支援室の赤澤空さんが、現地の人に寄り添い、尽力してきた故中村哲さんの活動を振り返り、昨年現地を訪れた際の様子を、スライドを交え報告した。

現地の様子に熱心に耳を傾ける支援者ら

 アフガニスタンは、日本からまっすぐ西に約6,000キロの距離に位置し、20以上の多民族がイスラム教の教えのもと国家をなす。言語も多様だが、アラビア語の「サラーム・アレイクム(あなたに安寧を)」が共通のあいさつとして人々を結び付けている。かつて肥沃な農地が広がる農業国だったが、度重なる紛争や2000年に起きた大干ばつの影響で食料、水不足が深刻化した。

 中村さんは医師として1984年、パキスタンに赴任し、アフガニスタンへと活動の地を移した。「飢えや渇きは薬では治らない」と井戸を掘り、人々に水を届ける活動を始め、また「百の診療所より1本の用水路を」と現地で調達できる材料や技術を使い、全長約25キロに及ぶかんがい用用水路を現地のスタッフとともに作った。用水路がひかれた地域は10年もすると見違えるような緑豊かな大地に生まれ変わり、約70万人以上がかんがい事業の恩恵を受けたと言われる。

 同会の活動は、医療、かんがい、農業支援を柱としており「現地の人々が自らの力で、豊かな大地を取り戻していく」ことを目指す。19年、中村さんは政情不安の中で武装集団に襲撃され命を落としたが、現地NGOとして活動するPMSがその遺志を継ぎ、日本各地からの支援に支えられながら、活動を継続している。現在、PMS方式のかんがい事業ガイドラインを作成し、さらに広範囲での活動拡大を目指している。

 赤澤さんは、昨年初めてアフガニスタンを訪れた。その国土は一見干からびた荒れ野に見えたが、出会う人や子どもたちが、過酷な環境をものともせずたくましく生きる姿に「力強さを感じた」。

 会場からは、メディアを通して伝わるアフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権の、女性への極端な権利制限に対し、同会の活動との関わりに質問があがった。中村さんは、人道支援に徹し、政治的働きかけは一切せず、現地の人の風習や文化を「自分の物差しで測らない」姿勢で向き合ったことや、紛争が落ち着き、大半の農業者は明日食べるものをも憂えなければならない状態から、少しずつ安寧を取り戻しつつある様子を伝えた。

 参加した那須きよみさんは「中村さん亡き後も活動が続いていることに心を動かされた。これからも関心を持ち続けたい」と感想を語った。

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