紅葉の見ごろが過ぎ、自然の色彩が薄れていく季節になった。それでも、散歩していると、咲き誇るサザンカのピンクの花と出合い、心が和まされる。のどかな糸島市の里山に、とりわけ印象的なサザンカの名所がある。県道大野城二丈線の三坂交差点から雷山へと向かう道沿い▼そこでは、サザンカを観賞しながら、いにしえの不思議な伝説に思いをはせることができる。サザンカのそばに「西行返り」と刻まれた石碑がある。旧前原市が建てた説明板によると、平安時代末期から鎌倉時代初期の僧侶で歌人の西行は、筑紫行脚の途中、秀峰の雷山と千手観音立像に詣でようと、山道に踏み入った。季節は初夏。石に腰を下ろして休んでいると、どこに向かっているのか尋ねる童子の声がした▼西行が「この山に登るのだが、お前もか」と返すと、童子はこう答えた。「冬しげる夏枯れ草の根を刈りに」。西行は、和歌の下の句の調べと感じ取り、上の句を作らせようと、童子が歌問答を仕掛けてきたと思った。だが、返歌することができなかった▼歌人として名の知れたことで、うぬぼれているわが身を観音様が戒めようと、童子になって現れたのではないか。西行は歌人としての未熟さに気づかされて恐れ入り、道を引き返していったという。それにしても、童子が口にした下の句はどんな意味なのだろうか▼冬によく生育し、夏になると、熟してしまう。となると、麦であろう。童子は麦刈りのことを表現したのではないか。全国各地に残る西行伝説を調べてみると、長野県に似た言葉を使った話があった。西行が麦を指し、子どもに「これは何だ」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。「冬茎たちの夏枯草」。子どもの才覚に驚き、やはり西行は先には進まず、引き返していったという。糸島はさまざまな伝説が残る地。四季折々の風物を楽しみながら伝説の地を巡り、より深く地域のことを知ってみませんか。
(糸島新聞ホームページに地域密着情報満載)