【糸島市】“読者の広場” 「元寇慰霊の旅」で考えたこと

 友人の誘いを受けて昨年9月、糸島を中心とした「元寇(げんこう)750年慰霊の旅バスツアー」(Sally企画)に参加し、自分の生い立ちと戦争の関係を考える機会となりました。

参加者と交流する絢野さん

 私が18歳まで暮らした内モンゴルのハイラル市には、第二次世界大戦の名残が多くありました。日本人が残した建物と日本語が話せる地元の方々をよく見かけます。1980年代に入ると、通っていた高校でも日本語の授業が行われるようになりました。大学ではもちろん、専門科目の傍らに日本語の勉強をつづけました。そして94年にご縁があって、社会福祉法人南高愛隣会(長崎県)の研修生として日本の地を踏み、その20年後の2014年に住み慣れた日本に帰化しました。

 来日から30年余りの年月が経つ中、仙台市の善応寺境内に立つ「蒙古(もうこ)碑」、福岡市の「元寇資料館」、長崎県松浦市鷹島の「元寇海底遺跡」の存在を知り、日本とモンゴルの歴史的な関係を身近に感じるようになりました。一昨年の冬、松浦市とモンゴル国ウブルハンガイ県ホジルト郡の姉妹都市関連会議の通訳を務め、平和・未来志向の取り組みに関われたことを光栄に思いました。

 今回参加したバスツアーで、糸島にある元寇ゆかりの首塚にて戦争で命を落とした方々への慰霊と、雷山千如寺にて三角形の香炉を見て触って、戦争終焉(しゅうえん)を切に願う当時の人々の思いを察しました。片や、世の中は未だに戦争が起きて、敵我問わず巻き込まれた民衆に被害を与えています。

首塚に手を合わせる絢野那陳さん

 それに対し、我々にできることは戦争で落とされたすべての生命と世界の平和にお祈りを捧げながら未来志向で前へ進むこと、と考える今日のこの頃です。

 合掌。

(社会福祉法人南高愛隣会・絢野那陳(あやのなちん))

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