すべては一粒の新しい種子から 中原採種場2
前回に続き、野菜種子の研究開発を行っている「中原採種場㈱油山研究農場」からレポートいたします。「種子の研究を見るなら、この時期にぜひ」と三小田研究部長と河原氏に声を掛けられ、4月下旬に施設内を案内していただきました。
研究農場では、ダイコン、コマツナ、タマネギ、ニンジンなどの花が真っ盛り。この時期は、研究農場として一年で最も重要な時期だということです。
「ちょっと待ってください」と私から質問。「本来、ダイコンの花やタマネギのネギ坊主などは、とう立ちであり、野菜の価値はないですよね」と尋ねると、「ここでは、あえて作物に対して適度なストレスなどを与え、たくさんの花を咲かせます」とのこと。人工交配や自然交配時には、鮮度の良い花粉が必要なので、交配にベストな環境づくりが最も重要とのことでした。

害虫の侵入を防ぐため、ネットで覆いを施されたハウス内で、ブリーダー(育種家)の方が手作業で交配を行っていて、また別のハウスでは、ミツバチが一生懸命、花蜜を採集し、交配を助けていました。
特にブリーダーの作業の細かさには驚きました。ちょうどダイコンの花が咲き始めているハウスの中で、開花直前の花蕾(からい)の外皮をピンセットで丁寧に剥ぎ取り、その雌しべに別の開花した花粉を受粉させる作業。老眼の私の目には、細かすぎてよく見えないほどです。


交配作業は「短期決戦ですよ」とブリーダーの方。それぞれ異なる性質を持った品種を交配することによって、期待する特性をもつ新しい品種が生まれ、その後、優良種子の選抜と進めていかれるそうです。気が遠くなる作業ですね。
自分でもカボチャやスイカなどの人工交配は行いますし、遊び心でパンジーなどの交配を行ったことはありますが、ここでの作業はビジネス。失敗は許されませんね。
現代の市場流通や直売所では「直径7センチ、厚さ3センチの輪切りが10個取れるおでん用のダイコンが欲しい」や、「ステーキの付け合わせ用に、面取りの必要のないニンジンが欲しい」などといった加工野菜向けへの要望が品種開発の現場にも増えてきているそうです。
しかしながら野菜種子の研究開発は、ただ市場が求める野菜生産だけでなく、出荷する生産者のためでもあるといえます。「収量性が高い」や「作りやすさ」、「病気に強い」など付加価値の高い品種開発は、生産者の労働生産性を高めてくれます。
農業を表す伝統的な言葉で「一種二肥三作」があります。まずは「一種」。良い種子を選ぶことが最も重要で、どんなに良い肥料を与え、丁寧に手入れをしても、種が良くなければ良い収穫は期待できません。次に「二肥」。土壌に適切な肥料を与えることで、作物の生育を促すこと。最後に「三作」。施肥や土壌管理、水管理、除草、病害虫対策などの作業を丁寧に行うこと。
今回、取材を快く引き受けていただいた中原採種場さん。企業哲学に「ノーベル賞をもらうより、消費者のほめの言葉をもらいたい。会社のためでなく、社会のためになる仕事をしたい」と記されています。一粒の種は、植物の生命循環の始まりであり、自然界の豊かさの源であり、私たちの人生においても、良い結果を求めるためには、まず種をまく必要があります。
食べ物の大切さや、常に何かに挑戦すること。今回は、種から多くのことを学ぶことができました。皆さんも、野菜の種でも人生の種でも何か種をまいてみませんか。きっと、先へとつながる期待される結果が待っていると思いますよ。
(シンジェンタジャパン・アグロエコシステムテクニカルマネジャー 古藤俊二)
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