ママトコラボ取材班 午年に走る
2026年は午(うま)年。かつて昭和30年代頃まで、糸島では農家の家畜として馬は身近な存在だったが、現在は農耕馬の姿を見ることはほとんどない。そんな現代の糸島で、さまざまな形で馬と関わりを持つ人々がいる。「馬」を視点に現代の糸島との接点をとらえ、糸島の人と馬が織りなす多様なストーリーをママトコラボ取材班がお届けする。
ポニーの世話で観察力磨く
糸島農業高2年生 寺﨑 千夏さん(17) 松原 由來さん(17)
糸島農業高校の動物活用コースの生徒たちは、校内の動物とのふれあいを通じて、産業動物・愛玩動物の飼育技術や活用法などを学んでいる。同校で飼育する6種類の動物の中に、ポニーの「うまじろう」がいる。

同校の河原治子(はるこ)教諭(31)によると、ポニーは校内の動物の中でヤギより大きく、牛より小さい中くらいのサイズ。生徒らは、まずポニーに慣れた後、より大きな牛の世話に進む。ウマ科のポニーは、ウシ科の牛やヤギと生物分類が異なるため、体のつくりや特徴を比較して学ぶのに役立つという。

「動物をよく見るようになりました。体調はどうか、餌を食べているか。ただかわいいだけではない」。こう話すのは同コース2年、動物飼育(あにとぴあ)同好会の寺﨑千夏さん(17)と松原由來さん(17)。始業前や放課後などに部員11名で飼育管理を行っている。

部活動では朝7時半からうまじろうの餌やりや水替えを行う。夕方には毛並みのブラッシング、「裏掘り」というひづめの裏の泥やふんなどを取り除く手入れも行う。うまじろうは右後脚が悪いなど、動物によって特徴や体調が異なるため「配慮が大変だ」と2人は話す。河原教諭も「異変に早く気づけるような観察力を、世話を通して生徒に身に付けてほしい」と語った。
(江川千晶)
酒屋の屋根になぜ白馬?
蔵屋酒販店主 清澤 大道さん(46)
糸島市浦志の酒屋「蔵屋酒販」の屋根の上には、真っ白な馬の像がある。「元々は、スコッチウイスキー『ホワイトホース』の販売代理店から『販売促進のため展示してほしい』と贈られたものだと父から聞いています」と店主の清澤大道(だいどう)さん(46)は話す。

お目見えしたのは1986年。当初は店舗前に置かれており、地域の子どもたちが白馬に乗って遊ぶこともあったという。閉店後は倉庫にしまっていたが、出し入れが大変になり、清澤さんの父の代に、より目につきやすい屋根の上へ白馬を移した。

白馬は黒ずみや雨風による汚れがつきやすく、年に2、3回、清澤さんの父が洗浄し白く塗り直している。台風の際にはロープで固定して安全対策を施し、夏には麦わら帽子、冬にはクリスマス帽子をかぶせたり、雨の日には傘を差したりと飾りつけもする。
「白馬がある店といえばうちだと、お客さんにもすぐ分かってもらえる」と清澤さん。訪れた人から「どうして屋根に馬がいるのか」と質問されたり、「馬が好きなので、子どもがよく見上げて楽しんでいます」と話しかけられたりすることもある。メンテナンスや災害対策の苦労はあるが、白馬は蔵屋酒販を象徴する存在となっている。

(宮田美和)
信頼関係深まる瞬間に喜び
九州大学馬術部 松本 高良さん(21)
九州大学工学部3年の松本高良(たから)さん(21)は、小さい頃から動物が好きで、立派な厩舎(きゅうしゃ)と穏やかな馬にひかれて馬術部へ入部した。

現在は部員17人で、馬術練習はもちろん、馬6頭の体調管理や世話などを朝と夕方に交代で行っている。「馬は繊細で人をしっかり見ている。思いやりをもって接すれば応えてくれる」と松本さん。噛(か)み癖のある馬の世話を根気よく続けていると、自ら近づいてくれるようになるなど、馬との信頼関係が深まる瞬間が喜びという。

地域とのつながりも深い。馬ふんの処理に困っていたところ、農業を営む「エムアイ・ソリューション」と「百笑屋」と縁ができて、昨年から堆肥として回収してもらい田畑の土づくりに生かされている。また、百笑屋の畑で開催される糸島ビアファームのイベントにスタッフとして参加。そこで出会った農家と連携し、廃棄する野菜や果物を馬の餌として活用する構想がある。「多くの人との交流を通して視野が広がった。今後も地域や企業、大学と連携した取り組みをしていきたい。子どもが馬に触れる機会もつくりたい」と意欲的だ。

「馬術部にとって馬は大切な相棒」と松本さん。馬と共に歩む日々の中で、人との交流も育まれている。
(安元泰子)
千年、地球守る「落馬薬師」
大法寺住職 東田 尚紀さん(33)
糸島市二丈福井の大法寺に祭られる薬師如来像は、平安時代の作と伝わる。像高約150センチ。1993年に福岡県の文化財に指定された。その美しさに1時間以上座り込んで見入る仏像好きの人や、関東、フランスからの参拝者もいたと住職の東田尚紀(しょうき)さん(33)は話す。

この薬師如来像は別名「落馬薬師」と呼ばれている。言い伝えによると、大法寺の門前に安置されていた頃、病人が増えたり、仏像の前を通ると馬に乗っていた武士の落馬事故が相次いだりした。大法寺内に薬師堂を建てて丁重に祭ったところ、病人は治り、馬上の人は落ちなくなったという。以来、地域の人々からは、病気平癒の仏として信仰を集めるようになった。

この「落ちない」にちなみ毎年、県内外から合格祈願に訪れる学生もいる。笑顔で合格報告のお礼参りに来ることもあるそうだ。住職は「これまでに落ちた人を見たことはない。合格祈願者が増えたらうれしい」と話しながら笑顔を見せた。「約1000年という長い歴史を持つ仏像は本当に珍しい。病気や不安に寄り添ってくれる心のよりどころとして大切にし、歴史を絶やさず、次の世代に伝えていきたい」と住職は思いを言葉にした。

(高濱瞭子)
(糸島新聞社ホームページに地域情報満載)
