季節の移ろいを表す二十四節気。1年を春夏秋冬の四つに分け、さらにそれぞれを六つに分けて名前を付けている。その始まりは立春、そして雨水を経て、3月5日に3番目にあたる啓蟄(けいちつ)を迎えた。土の中で冬ごもりしていた生き物たちが目覚める頃とされる。「蟄」は地中で巣ごもりしている虫、「啓」は開くという意味▼「啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く」。俳人、高浜虚子の俳句。3月上旬の日差しが矢のようであるとしているが、それほど強く照りつけるからこそ、虫が地上にはい出してくるという気持ちが込められていると思う。俳句の季語に「春雷(しゅんらい)」がある。啓蟄のころは大気が不安定で、雷が発生しやすくなる。その雷に、虫が驚いて飛び出してくるとのことから「虫出しの雷」とも呼ばれる▼土から出てくるのは、もちろん虫だけではない。俳句の季語に「下萌(したもえ)」という言葉がある。その代表格がフキノトウ。冬枯れの土から、たくましく顔を出してくる姿には、生命力があふれている▼二十四節気をさらに約5日ごとに、初候と次候、末候の三つに分けたのが七十二候。19日までの啓蟄の期間にある七十二候を調べると、厳冬の後にようやく訪れた春の様子をよく伝えている。初侯は啓蟄と重なる「蟄虫啓戸(読み方・すごもりむしとをひらく)」、次候「桃始笑(同・ももはじめてさく)」、末候「菜虫化蝶(同・なむしちょうとなる)」。末候は、さなぎがふ化して蝶となるさまを思い描かせる。次候は桃の花が咲く光景を感じさせるが、気になるところがある▼「咲く」という言葉を「笑う」で表している。厳しい寒さを乗り越えて咲く花は、まるで笑顔を浮かべているようだ。そんな昔の人たちの純真無垢(むく)な受け止め方に感じ入り、なぜだか、うれしさがこみ上げてきた。中国北宋の画人、郭煕(かくき)は書物でこんな一節を書き残している。「春山淡冶(たんや)にして笑うが如く」。季語の「山笑う」の由来とされる。淡冶とは、あっさりとして美しいという意味。春山がほほ笑んでいるように見え、人の心を和ませる。明るい春がやって来た。
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