のどかな丘陵地にある九州盲導犬協会の総合訓練センターでは、現在16頭の訓練犬が日々トレーニングを重ねている。敷地内の犬舎に訓練士の鶴丸茉実さん(21)が顔を見せると、1歳4カ月のチェロは飛び跳ね、大喜びの様子。引き綱をつけて外に出ると訓練が始まった。飼い犬と同じようにひものおもちゃを使って鶴丸さんとひっぱりっこ。チェロはなんとか取ろうと頭を振りながら、姿勢を低くしたり飛び跳ねたり。「アウト」。鶴丸さんの低い小さな声がかかるとチェロはまだ遊びたい様子を抑え、くわえていたひもを離した。「思いっきり遊ぶことも、視覚障がい者と歩く時の集中力を育てるのに役立つんです」。鶴丸さんの様子を見守る、訓練士のトレーナー児嶋秀夫さん(50)は話した。次に引き綱を引いての歩行訓練。壁に沿って、左側を歩く、段差があるところで止まる、角に入ったら止まる。盲導犬として必要な動きを、地道に繰り返しながら学んでいく。「チェロは、歩くのがゆっくりで…私が最初手助けをしすぎたからか、自分で考えず人に頼っているところがあるのかも」。訓練士1年目の鶴丸さんと訓練を開始して4カ月のチェロとの二人三脚のトレーニングは続く。
盲導犬ユーザーの安全と盲導犬自身の安全に関わるため、折々にある適性検査には厳しい基準を設けている。盲導犬に向かないと判断されると矯正するのではなく、キャリアチェンジをしてペットになる犬もいる。盲導犬になれるのは訓練犬10頭のうち、3、4頭だ。
1年間のトレーニングを終えると、いよいよユーザーと同センターで寝起きを共にし、3週間の共同訓練に入る。利用者は訓練士指導のもと歩行訓練、指示語の出し方、犬の食事や排せつの方法など、盲導犬と暮らすうえで必要な基礎知識を学ぶ。後半の1週間は自宅へ場所を移し、使用する頻度の高い場所や駅で訓練を行い、安全に歩けるよう最終調整をする。「この子とだったらいい家族として一緒に歩いて行ける」という利用者のモチベーションをキープするのも訓練士の大事な役割だ。
児嶋さんは両親が視覚障がい者で、幼いころから盲導犬と一緒に育った。そのご縁から訓練士となり盲導犬育成と視覚障がい者の生活支援、若き訓練士の指導にあたる。3年前に徐々に視野が狭くなるなどの症状が出る緑内障を患った。今は、車の運転はせず電車通勤、暗い夜道は白杖を振って歩行する。「20代の時、白杖歩行訓練士の資格を取っていたので役立っています」と屈託ない。
街中ではどうしても盲導犬に目が行くが、児嶋さんは視覚障がい者への理解を訴える。「世間の理解がなく、家に閉じこもり、気軽に出歩けない視覚障がい者は多い」。小学校などへ講演に行くときは、盲導犬の話は半分で残りは、どうして視覚障がい者に盲導犬が必要なのか、社会とかかわりを持ちながら生きていこうとする視覚障がい者について話すようにしている。
厳しい適性検査をクリアし、晴れて盲導犬としてのデビューを見送る訓練士らは「さみしいけれどうれしさの方が大きい」。社会で活躍する犬たちに温かいエールを送る。