糸島新聞
1917(大正6)年創刊

毎週木曜日発行 購読料 1カ月 900円(税込)1部 225円(税込)
糸島新聞社
福岡県糸島市前原東1-8-17
TEL:092-322-2220
FAX:092-324-5115
itoshin@blue.ocn.ne.jp

ニュース
News List

続・糸島伝説集27

2022.05.27

今も地域の人から大切に祀られている蛇石様

  長糸本の「蛇石さま」

今も地域の人から大切に祀られている蛇石様

 糸島市の長糸地区の本一帯はその昔、長野川が氾濫した際の水が溜まり、大小幾多の沼沢(しょうたく)を形成していて、その沼沢の周囲には葦や荻(おぎ∥ススキに似たイネ科植物)が生え、風に葉を揺らして蕭条(しょうじょう)殺伐な雰囲気を漂わせていた。

 この沼沢にはいつのころからか、一匹の大蛇が棲みついていたが、時代とともに次第に沼沢が埋まっていくと、大蛇も棲み処を本の東側の山裾の洞穴へと変え、付近の集落に現れるようになった。しかし、人畜には何も危害を与えることはなく、里人たちも「八幡様のお遣いに違いない」などと言って、大蛇の姿を見かけると吉事の前兆とさえ信じていた。

 ところが、どうしたことかある日、某家の大事な一人息子を丸呑みにしたので、里人の驚きと憤りは絶頂に達し早速、大蛇退治を思い立った。しかし、狸や狐の退治ならお手の物だが、相手が大蛇となるとどうしたものか案ずるばかり。話し合いはするものの、恐ろしさに加えて命を懸けて大蛇退治に立ち上がろうとする者は一人もなかった。

 そのころ、本の畝津丸に居宅を構えていた戸田華門之助(一説では戸田掃部助)という武士がいた。彼は高祖城主原田家の家臣で、文武両道に秀でた立派な人物であった。

 華門之助は里人の悩みを耳にして、「里人を大蛇の恐怖から助けてやらねば」と大蛇退治を引き受け、大蛇の棲み処の洞穴付近に陣取って夜となく昼となく出てくるのを待ち構えていたが、大蛇は一向に姿を現さない。彼は弓矢八幡に祈願を込めて、見事大蛇を退治する日が早く来ることを念じていた。

 数日後のある夜、長野川の萬場という深淵に水を飲みに来た大蛇の姿を発見した華門之助は、秋水一閃(しゅうすいいっせん)!腰の太刀を抜く手も見せず斬り下ろすと、不意を突かれた大蛇はサッと鎌首をもたげ、火焔のような真っ赤な舌を出して飛びかかって来た。しかし、豪胆無比の華門之助の第二の太刀先は見事に決まって、さすがの大蛇もものすごい水煙をたてて水中深く消え失せてしまった。

 それから二、三日して、里人が萬場付近の大石の上に絶命した大蛇が横たわっているのを発見し、その旨を華門之助に注進するとともに、ほど遠からぬ場所に大蛇の遺骸を埋葬した。

 その後、この里内に凶事が続くので宇美八幡宮の神官に神占を乞い、厳島明神を勧請して大蛇の霊を弔うことになった。それが『蛇石さま』の始まりで、婦人病や子どもの寝小便封じに御利益があるとして、毎年欠かさず八月十八日には里を挙げてのにぎやかな祭りが行われている。また、蛇石という地名もこのような出来事から付けられたと言い伝えられている。

ニュース一覧