昭和の糸島 #401

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復元された国境の石標 昭和46年9月

二丈町鹿家の山中の復元された国境の石標
二丈町鹿家の山中の復元された国境の石標

 二丈町鹿家の山中で倒れたままになっていた昔の国境を示す石標が、地元や関係者などからの要望を受けて昭和46年9月、町教育委員会によって復元された。

 この石標は、現在の国道202号の福岡県と佐賀県の県境から山を登ったところにある旧唐津街道沿いに建てられていたもので、一面には「従是東筑前國(ここから東側は筑前国)」と彫られている。

 昔は北部九州の東西を結ぶ重要な街道で、参勤交代をはじめ多くの人たちが利用していたが、海岸線に新しく道路(現在の国道)が整備されると、通る人もなくなり石標も次第に忘れ去られて、いつの間にか倒れてしまっていた。

 これを知った郡観光関係者らが、「倒れたままにしておくと、破壊や盗難が心配だ。早期に復元を」と町に要望した。町でも貴重な文化財でもあることから早速復元作業に着手し、元の旧唐津街道沿いの県境に建て直した。

 石標の根元には国境を流れる小川があり、関係者は「今は通る人もない旧唐津街道だが、歴史の証人としてせせらぎの中でひっそりと立ち続けてほしい」と話していた。

復元した国境を示す石標の新聞記事
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