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虹描く「狐の嫁入り」
梅雨の季節、心を躍らせながら見上げてみたい空模様がある。空は晴れているのに雨が降っている「狐(きつね)の嫁入り」。どこから雨粒が落ちてくるのか分からない不思議さとともに、こんな日は、色鮮やかにアーチを描く虹を見つける楽しみもある▼趣があるとはいえ、どうして、こんな謎めいた呼び方になったのだろうか。よく知られた言い伝えでは、狐には「嫁入りの時、人間にその姿を絶対見られてはいけない」というおきてがある。このため、狐は人を化かすお家芸を使い、偽りの雨を突然降らせ、人間たちがあたふたと家の中に入った隙に、嫁入りを終わらせるというのだ▼狐の嫁入りを神秘的に描いたショートフィルムがある。黒澤明監督が晩年に撮った短編集「夢」で登場する。幼かった頃の監督であろう。天気雨の中、森に踏み入れた少年は、着物をまとった狐たちの嫁入り行列に気づき、大木に身を隠し、神妙にのぞき見る。狐たちは何歩か進んだかと思うと、突然、辺りを警戒し一斉に振り返る。そのすごみに、少年は居たたまれなくなり、森から逃げしてしまう▼人間が侵してはならない世界がある。昔の日本人は、ごく当たり前のこととして、自然に対して畏敬の念を抱いていた。黒澤監督はこの作品を通し、日本人がその精神を受け継ぐことを切に願ったのだろう▼狐の嫁入りは「狐のご祝儀」とも呼ばれる。かんがい技術が発達していなかった昔、日照り続きは死活問題。晴れているのに降る雨は、日照りのときの恵みの雨と重ねられ、狐の嫁入りはめでたいことが起きる吉兆とされる。自然がもたらす慈雨を心から尊び、雨上がりの日が差す空に虹を探してみよう。