いとしま伝説の時代

戦国期のいとしま 【草場城の荒くれ姫】

 戦国時代、怡土の原田と志摩の臼杵(大友)が、激しい勢力争いを繰り広げていた頃、草場(現在の福岡市西区草場)の柑子岳(こうしだけ)城の城主・臼杵新助の一人娘に雪姫がいました。


 雪姫は、花の盛りの18歳でしたが、なにしろ山城で荒武者相手に育ったせいか、着飾ることより武芸が好きで、暇さえあれば馬に乗って山野を駆け回る「荒くれ姫」として、近辺で知らぬ者はいなかったほどです。


 ある日のこと、城中の慰みにと巻き狩りが催されることとなり、雪姫も喜び勇んで参陣しました。勢子に追い立てられて出てきた獲物は仔牛ほどもある大猪で、待ち構えていた雪姫は、強弓を引き絞って矢を射ました。


 矢は見事に大猪の胸を射貫きましたが、わずかに急所を外れたのか、手負いの大猪は狂ったように山の方へと逃げ出しました。雪姫は、逃がしてなるものかと山道を追いかけ回し、ついには落とし穴に追い込んで、自らの槍でとどめを刺しました。


 従者に大猪を担がせて意気揚々と城に戻った雪姫でしたが、激しい狩りの最中に、着ていた狩衣と、母から預かっていた大切な櫛(くし)を失くしたことに気がつきました。


 雪姫は、みるみる不機嫌となり、城中もみな心配していましたが、数日後、付近の農民が落ちていた櫛と狩衣を届けてくれました。おかげで雪姫の機嫌もなおり、城主も家来たちも皆よろこんで、この農民は褒美をたくさん持たされました。


 以来、それぞれ拾った場所を「狩衣」「飛櫛」と呼び、それが地名(小字名)として残っています。(志摩歴史資料館)


 ◇ 企画展「いとしま伝説の時代-伝説の背景にあるもの-」は9月10日まで、糸島市・志摩歴史資料館で開催中。同資料館092(327)4422

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