淡い紅色をした扇のような姿の花がいくつも咲いているさまを見て、思わず極楽浄土を思い浮かべた。本紙の今週号の「いとしま旬百景」で紹介されているネムノキ。梅雨空の下、明るく咲き誇る花に、不浄である泥の中から茎を伸ばし、清浄な花を咲かせる極楽のハスとつい、イメージを重ねていた▼釈迦如来以前に出現したとされる過去七仏(かこしちぶつ)。その第四仏の拘留孫仏(くるそんぶつ)は、ネムノキと同じ属のビルマネムの下で悟りを開いたとされる。ネムノキは仏教と深いかかわりがあり、神聖な雰囲気を漂わせる▼ただ、意外に身近なところで、多くの人がネムノキの仲間を目にしている。日立グループのCMでおなじみの「日立の樹」。アメリカネムで、CMで撮影された木は米国ハワイ州オアフ島の植物園に根を張り、樹齢は130年になるという。大きく枝を広げるさまの映像を見て、子どものころから、よく励まされたものだ▼江戸時代の俳人、松尾芭蕉の「奥の細道」では、ネムノキがこう詠まれている。「象潟(きさかた)や雨に西施(せいし)がねぶの花」。象潟は秋田県の景勝地。芭蕉が訪れた当時は入り江に九十九島が浮かび、松島と並ぶ絶景の地だった。西施は中国の四大美女の一人。病のため、眉をひそめることがあったが、その表情によって、より美しく感じられたという。憂いを帯びた妖艶(ようえん)な美人と、雨に濡れたネムノキの花…。象潟には、さぞ心を奪う光景が広がっていたのだろう▼夏に花を咲かせるネムノキ。花が開くのは夕方になってから。暑さが和らぐのを待っていたかのように、色づいた糸のようなおしべを無数に広げていく。花言葉は「歓喜」「創造力」といくつもあるが、やはり、癒されたい気持ちがあるので「安らぎ」というのがしっくりとくる。ネムノキを見かけたら、ぜひ立ち止まり、のどかな気分で愛でてみませんか。
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