【糸島市】《糸島新聞連載コラム まち角》ガンジーの命日に思う

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1月30日は、インド独立の父とされるマハトマ・ガンジーの命日。暴力的な手段に訴えず、不当な命令には従わない非暴力・不服従の理念を掲げ、イギリスの植民地支配に対する抵抗運動を展開した。ガンジーは統一インドとしての独立を望んだ。しかし、植民地だったインドは、宗教対立によって、ヒンドゥー教徒が多数派のインドとイスラム教国のパキスタンに分離独立。両教徒の衝突や暴動、虐殺が起きる悲劇の中、ガンジーは1948年、ヒンドゥー至上主義者の凶弾に倒れた▼ヒンドゥー教やイスラム教、シーク教、仏教、ジャイナ教など多宗教が混在するインド。間永次郎さん著「ガンディーの真実」によると、ガンジーは異なる宗教の信者が互いを排除することなく尊重・共生する平和的社会の構想を熱心に訴え続けた。分離独立がなされようとしていた時期、ガンジーは暴動が発生した国境地帯を命がけで行脚し、宗教の違いで憎しみ合い、殺し合うことがないよう人々を諭したという▼ガンジーは多様な宗教の価値観を尊重し擁護していった先に「絶対的な真実」があると説いたとされる。同書によると、ガンジーは「様々な宗教は唯一の場に到達するための異なる道」とも表現した。異なる宗教の信仰者が平和的に共存するための発想だった▼独立運動を大きく発展させたことで知られる「塩の行進」。イギリスは法律で、インド人が生活必需品の塩を作ることを禁じ、専売制の塩に多額の税金を課した。ガンジーはこれに抗議し、法律の廃止を求めて行進を続け、海水から塩を作るために各地の海岸を訪ねた。この非暴力運動はインド全土に波及し、数百万人もの人々が集団ストライキ・ボイコットに参加した▼中島岳志さん著「ガンディーからの<問い>」では、塩の行進は宗教対立を引き起こすことなく、宗教的な行為によって人々がつながる「行」だったと指摘する。すべての宗教はさまざまな点で異なっているが、正しい生き方のみが存続していけるという点では一致する。こうしたガンジーの思想に学ぶべきことは多い。

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