【糸島市】弥生の「机」完成形で

脚付いた完全形出土は全国初

二丈の深江城崎遺跡

 糸島市二丈の深江城崎(ふかえじょうざき)遺跡で、弥生時代後期初頭~前半(約1800~1950年前)の木製の机「案(あん)」が見つかった。市文化課が6月25日、定例記者会見で発表した。案は古代中国・漢代に生まれた背の低い机で、脚の付いた完全な状態での出土は、全国で初めて。同課は「大陸との交流の実像を伝える第一級の資料」としている。

完全な形で見つかった案。天板に刃物傷が無数に残っている

 案は、同遺跡の第2次調査で今年2月、低湿地からひっくり返った状態で出土。土ごとブロック状に切り取って取り上げ、約2カ月かけて泥を除去した。

低湿地からひっくり返った状態で見つかった案の出土状況

 天板の長さ65.3センチ、幅39.5センチ、厚さ約1センチ。脚底から天板下までの高さ18.7センチ。天板1枚、押さえ板4枚、板状脚4枚、脚を固定するためのくさび状の小部材である鼻栓(はなせん)4個の計13の部材を組み合わせる「指物(さしもの)」の技法で作られている。同課は「釘を使わず木材を噛み合わせる指物は、当時の日本にはない大陸由来の先進技術」としている。

 注目は、鼻栓の納め方。良好な状態の案が出土していた福岡市の雀居(ささい)遺跡の例では、栓の頭が押さえ板の上面に露出していたが、今回は押さえ板に凹みが彫られ、栓がすっぽりと収まる構造となっている。表面が平らに仕上がり、外れにくさも増した工夫といえる。

押さえ板に凹みが彫られ、鼻栓がすっぽりと収まる構造となっているのがよく分かる

 天板上面には、短辺と並行する刃物傷が斜めに無数に残る。雀居遺跡の案にも同様の傷が確認されており、同遺跡の案を研究した元奈良文化財研究所副所長の深澤芳樹氏は、傷について、生肉を薄切りにし素早く包丁を動かす「報切(ほうせつ)」によるものと指摘しており、中国大陸の「膾(なます)料理」の作法を再現していた可能性を示している。

 案の周辺からは丁寧に磨かれた小型壺約5点が確認され、文化課は「水辺の祭祀で案が供えられた可能性が高い」としている。隣接する遺跡からは、クジラとみられる絵を描いた「絵画土器」(深江城崎1次)、羽根を模したと思われる装飾がある木製の「短甲」(深江石町1次)、「櫛」(同2次)が相次いで見つかっており、深江城崎遺跡を含む深江地区遺跡群は、「伊都国」西側の玄関口として対外交流を担う拠点集落とみられている。

 弥生時代の案を研究してきた立命館大学文学部の長友朋子教授は、漢代の中国の案が漆塗りを施した造りであるのに対し、日本の案は装飾を欠き「形そのもの」を忠実に再現している点に注目。「装飾より、大陸の生活様式・食事様式を模倣すること自体に意味があった」と指摘している。座って暮らす当時の日本に脚付きの案が登場することは、大陸的な饗宴の再現であり、権力を誇示する手段でもあったと考えられる。

 案は今後、約1年かけて保存処理が行われ、一般公開は2年後になる予定。

糸島新聞社ホームページに地域情報満載)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

1917(大正6)年の創刊以来、郷土の皆様とともに歩み続ける地域に密着したニュースを発信しています。

目次