雷山空襲から81年
第二次世界大戦末期の1945年6月19日、のどかな農村だった糸島市の雷山地区(当時は雷山村)に米軍のB29が飛来し、「火の雨」が降り注いだ雷山空襲から19日で81年。この日、雷山小学校で平和学習が行われ、児童たちは地域であった空襲について学んだ。
空襲では、住民8人が死亡し、24戸が全焼。近年の聞き取り調査では、20人以上が負傷、被災地区にあった約100戸のうち、半数が被害を受けていたことも分かってきた。
平和学習で5、6年生は、「雷山空襲を語り継ぐ会」の大原輯一(しゅういち)さん(81)と榊勝さん(84)から当時の被害や体験者の証言を聞いた。

大原さんは、生後6カ月の時に被災。15年前に地域の学習会で、雷山空襲で家族4人を亡くした山下凡夫(つねお)さんの話を聞いた。「あってはならないことが起きていた」と衝撃を受け、以来、被災者への聞き取り調査を行い、雷山空襲の記憶を伝える活動に取り組んでいる。
授業では、住民が防空壕や山中へ逃げ込んだ様子や、焼け出された暮らしを紹介。農家でも米蔵が焼けるなど被害が広がり、住民同士が食料を分け合いながら生き延びたことに触れた。「世界ではまだ戦争が続いている。自分には何ができるか考え、行動に移してほしい」と語りかけた。
榊さんは、雷山空襲は大ため池に映った月の光が軍事施設のように見えたことから、米軍が誤って攻撃したと説明。「学校やお宮、役場も被害を受けた。決して小さな空襲ではなかった」と強調した。
また、昨年までの卒業生たちが、フィールドワークで使う空襲遺跡の説明板を制作したことを伝え「先輩たちが残してくれた平和への思いを受け継いでほしい」と呼びかけた。
6年の田中結さんは「空襲の現実を聞いて悲しい気持ちでいっぱいだった。家族とも話して平和について考えたい」、田中寧(しず)さんは「今日聞いたことを心に残して、日頃から平和への思いを忘れずに行動していきたい」と話していた。
(糸島新聞社ホームページに地域情報満載)
