「汽車を待つ君の横でぼくは」-。若者たちが進学や就職で古里から旅立つ季節。どこか寂しげな駅のホームに立ち、都会へ続く鉄路を眺めていると、伊勢正三さんが作詞作曲した名曲「なごり雪」が頭をよぎった。そして、この曲から着想を得たという故大林宣彦監督の映画「なごり雪」(2002年)で描かれた若者たちの駅での別れのシーンも▼大林監督は、古くからの文化が息づき、賢く和やかに生きる人々が暮らす里を舞台にした数々の「古里映画」を残している。「なごり雪」もその一つ。大分県臼杵市の城下町の風情を残す町並みで撮影が行われた▼高度経済成長期、恋人を捨てて都会に出て行った青年が主人公。50歳を過ぎたとき、その恋人と結婚した旧友から突然の電話。古里に帰ると、恋人は交通事故に遭い、意識不明の重体となっていた。都会に憧れて古里を去った主人公と、古里で最期まで妻を守った旧友。2人の生きざまを通し、心豊かな暮らしとは、どのようなものか考えさせられる▼大林監督は、バブル経済期の開発ラッシュで古いものや自然がどんどん姿を消したことに心を痛めた。町を興したつもりが、経済を優先するあまり、町が壊されていたのである。大林監督は古里映画を「町まもり」映画とも表現した。まだ美しい風景を残している地方で、古いものから新しい価値が発見できる映画をつくった▼「今、春が来て、君はきれいになった」。映画の終わりで、主人公は「なごり雪」の歌詞を使ったせりふを口にする。企業戦士として生き続け、古里を離れて28年がたち、ようやく気づいた古里への恋心…。迷いながら、歩み続けるのが人生。ただ、糸島を旅立つ若者には、豊かな心を持つ人々の暮らす古里がしっかりと残されている。どうか、古里を心のよりどころにして活躍をしてほしい。
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