まだ青いものの、存在感たっぷりのザボンが大きな浴槽の中でぽかりぽかりと浮かび、目の前に流れてきた。顔を近づけると、甘酸っぱい香りがし、心を和ませてくれた。休日に訪れた糸島市内の温浴施設でのこと。冷え込みが強まり、秋らしい日々が続くようになり、お湯で体を温めるのが楽しみな季節になった▼旬の薬草や果実などを風呂に入れ入浴することを季節湯と呼ぶ。有名なのが冬至のユズ湯。この日は、湯船にユズを丸ごと浮かべたり、カットしたユズを入れた布袋をつけたりする家も多いだろう。男の子の健やかな成長を願う端午の節句には、すがすがしい香りが邪気を払うとして菖蒲(しょうぶ)湯につかる風習もある。日本の風呂は、四季の移ろいを優雅に楽しむ場となっている▼それにしても、湯あみをするのに、どうして「風呂」と表現するのだろうか。調べてみると、日本の民俗学の祖とされる柳田国男が「風呂の起源」と題した小論で、風呂の語源は、室(むろ)だったのではないかとの見方をしている。室とは、石や土で造られた洞窟のような蒸し風呂。これが五右衛門風呂でお湯を沸かして入るようなスタイルに変わっていったという▼この小論に触れ、小学生のとき、学芸会で観た江戸時代の滑稽本「東海道中膝栗毛(ひざくりげ)」をもとにした劇を思い出した。弥次さん、喜多さんが失敗を演じながら旅をする物語。弥次さんは旅館で初めて見た五右衛門風呂の入り方が分からず、釜の底に足を付けてやけどをしてしまう。そして、便所のげたを見つけ、それをはいて湯の中に入り、ナンセンスな笑いが次々と展開していく▼11月26日は、語呂合わせから「いい風呂の日」に制定されている。蒸し風呂にしろ、五右衛門風呂にしろ、現代の温浴施設にしろ、裸になってくつろげる場所。まったく無防備であっても安心して過ごせる。当たり前のように思えるが、紛争や内戦、テロが絶えない地域ではこうはいかない。何も不安なくお湯につかっていられることが、実はどんなに幸せなことなのか。平和の大切さを忘れないようにしたい。
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