初期稲作農耕文化 継承や活用へ
稲作農耕文化を受け入れ始めた約2800年前(弥生時代早期から前期)の姿を今に伝える遺跡として、全国的にも有名な国指定史跡「新町支石墓群」(糸島市志摩新町)が1日、史跡公園として開園した。4日には現地で記念式典(糸島市、新町遺跡保存会主催)が開かれ、関係者や地元の人たちが完成を祝った。公園は今後、遺跡の恒久的な保存と次世代への継承、学習・交流拠点としての活用などが期待されている。
新町支石墓群は可也山西麓に位置し、引津湾に面した砂丘上にある。地面に穴を掘って棺を納め、地上に巨石を置く支石墓は朝鮮半島に起源を持つ墓制で、当時の人々は先進的な文化を積極的に受け入れつつも、木棺の使用や、仰向けで足を曲げた独特の埋葬姿勢といった在来の要素も併せ持っていた。
また2022年から24年度にかけて九州大などと共同で行った9号墓出土人骨の復顔や骨格分析の結果から、支石墓に埋葬された人たちは縄文系の特徴を色濃く残しながらも、一部に渡来系要素も見られ、すでに混血が進んでいたことが分かった。
同遺跡の研究が進んだことで分かってきた融合的な先進文化の受容のあり方は、渡来文化と在地文化が調和的に共存していた弥生社会の実像を示すものとして大変重要な意味をもつ。
新たに整備された史跡公園は総面積約7,500平方メートル。園内には過去の調査で確認された支石墓や甕棺墓の原寸大平面表示、石棺墓の復元展示、休憩用のあずまやなどを設置。事業費は約2億200万円で、24年度からの2カ年計画で整備が行われた。
併設の新町遺跡展示館も33年ぶりに全面改修。24号墓は強化ガラスの床を導入し、真上から遺構の全貌を見学できるようになった。矢尻が刺さった埋葬状況を示す新模型の設置や劣化した模型も修復。最新の調査成果を反映したパネルや大型モニターも備え、視覚的に学べる工夫が凝らされている。
式典で、月形祐二市長は「わが国の稲作農耕文化の夜明けを告げる貴重な遺跡であり、私たちの祖先がここにいた証に直接触れられる、歴史ロマンを分かち合える場所が完成した。市民の憩いや学びの場、そして国内外から人々が訪れる新たな観光拠点として末永く愛されることを願う」とあいさつ。

また、地元の住民を中心に結成された新町遺跡保存会の中原秀和会長は「今後もさまざまな企画を通じて遺跡の魅力を発信したい」と語った。式典後には、月形市長が揮毫(きごう)した石柱の除幕も行われた。

市と保存会は、開園を記念して復顔像の愛称を募集している。応募は、市ホームページ内の専用フォームや展示館や市文化課窓口に備え付けの応募用紙から。募集期間は7月31日まで。採用された愛称は9月に開催予定の記念講演会で発表され、採用者には新町遺跡のオリジナルグッズなどが贈られる。
(糸島新聞社ホームページに地域情報満載)
