春の長雨の季節、寝床で雨音を聞いていると、いつの間にか深い眠りについている。雨音は、心拍を落ち着かせ、心身をリラックスさせる副交感神経を優位に働かせるのだという。ポツポツ、トントン、ザーザー…。降り方によって不規則にリズムが変化する雨音には、川のせせらぎや波の音と同様、心地よいゆらぎが含まれ、癒やしの効果があるという▼NHK「みんなのうた」で50年前に放送され、大きな反響を呼んだ「南の島のハメハメハ大王」という歌をご存じだろうか。ハワイアン風の子ども向けの歌で、当時中学生だったが、その歌詞に思わず笑みが浮かび、ほっとさせられた。大王の子どもたちは学校ぎらいで、雨が降ったらお休みするというくだり。実際にはしなかったが、共鳴して心の中で口ずさんだものだ▼雨が降ると、屋外での活動が制限されてあきらめがつき、「何もしない」ことが正当化される。晴れているときに湧いてくる「どこかへ行って活動的に過ごさないといけない」というプレッシャーはなくなる。ただ、「晴耕雨読」という言葉が今に伝わるように、昔は、雨の日に休むことに罪悪感はなかったと思う。雨の日に無理をして田畑を耕し、体調を崩してしまうようなことはせず、体を休めて力を蓄える時間に当てた▼雨天の時、休むというのは動物的な本能なのだろう。猫を飼っている人はお気づきだと思うが、雨の日は晴天の時よりも長い時間寝ていることが多い。祖先は狩りをして生きてきた。雨が降ると、視界が悪くなり、狩りの成功率は落ちる。体を濡らすと、体温が急激に奪われる危険性すらある。猫は野生だった時代の本能を受け継いでいる▼現代では、多くの人が天候とは無関係に働かざるを得ず、本能に逆らって生きているようなところがある。「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く」。明治から昭和初期に生きた自由律俳句の俳人、種田山頭火の句の一部。あるがままの自然や、その時その時の変化を逆らわずに受け入れる。雨が降れば、その雨音に静かに耳を傾ける。この境地を大切にしたい。
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