【糸島市】《糸島新聞連載コラム まち角》パレートの法則と中道の教え

まち角アイキャッチ

 自宅の生け垣のサザンカが春落ち葉の時期となってから、落ち葉掃きを日課にしている。芽吹きに合わせ、古い葉がはらはらと舞い落ち、歩道に黄色や茶色の葉が散っている。若い頃なら1枚も残さず掃きとっていただろうが、もう還暦過ぎ。掃き残しが少しあっても、それはそれで風情があるように思えるようになった。完璧を目指すのではなく、ほどほどで満足する▼全体の成果の8割は2割の要因から生まれるという経験則を、聞かれたことがある人は多いのではないだろうか。「パレートの法則」と呼ばれ、ビジネスの世界、そして日常生活でも広く活用されている。落ち葉掃きで例えてみると、生け垣に面した歩道に落ちた葉の8割を、全体の2割の労力を使って集めるということ。フェンス基礎のブロック塀など落ち葉が吹きだまりやすい場所を中心に8割の葉を掃除しておけば、2割の掃き残しがあっても全体的にはきれいに見える▼一方、落ち葉を100%掃き集めるとなると、離れたところにある1枚のために何歩も歩き、しゃがんで立つ動作を繰り返すことになり、掃き残しの2割を掃除するために、残っていた8割の労力を使い尽くしてしまうことになる。そうであれば、その力を別の作業に回したほうが効率的だ▼残った力を使い、今度は庭の草取りをする。これも、1本も残さずにというのではなく、草の目立つ場所に集中して2割の力を注ぎ込み、8割の草を取る。そして、まだ余力があるのなら、生け垣の枝の剪定(せんてい)や、水やりに労力を回してみる▼効率性を追求するような話になったが、そもそも新芽の季節、風が吹くと、古い葉はすぐに散り落ちるもの。だから、100%掃きとることにこだわってしまうと、いたずらに労力を費やすだけだ。ただ、完璧主義にとらわれていると、こんな自明なことでさえ、見逃してしまうのではないだろうか。すべてをやり遂げるという執着を手放し、行き過ぎた努力を避け、最適なバランスを見つけて行動をする。仏教の「中道」の教えにも通じていると思う。

糸島新聞ホームページに地域密着情報満載)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

1917(大正6)年の創刊以来、郷土の皆様とともに歩み続ける地域に密着したニュースを発信しています。

目次